ブラック・フラッグス 「イスラム国」台頭の軌跡:混迷の中東、その道程とは

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ブラック・フラッグス 「イスラム国」台頭の軌跡』を読了。著者のジョビー・ウォリックは本書で2016年のピュリツァー賞を受賞しています。

2018年現在ではその勢力範囲の大部分を失った「ISIL」ですが、一時はシリア・イラクにまたがる広大な領域を占有し、国家樹立を宣言するにまで至りました。本書はその背景と過程をたどったノンフィクションです。

上・下巻合わせて500頁近い本書の3分の2は主にヨルダン出身のテロリストであるアブー・ムサブ・アッ₌ザルカウィの活動の軌跡を追うことに費やされます。それは2001年のアメリカ同時多発テロに端を発し、イラク戦争やその後の混乱、更には「アラブの春」を経て中東地域が混迷を深める中で台頭した「ISIL」誕生の源流が、ザルカウィの組織した「イラクのアル₌カーイダ」にあるためです。

世俗的な独裁政権であったフセイン政権がイラク戦争により崩壊したのち、原理主義者の集団であるザルカウィの組織が如何に勢力を拡大することになったのかを本書は解説します。本書ではその理由を主にイラク戦争前後におけるアメリカ政府(イラク戦争当時のブッシュ政権)による政策の誤りにあると見ており、主に原理主義者の犯行である同時テロの延長線上にイラク戦争を置いたこと、本来水と油の関係である世俗主義フセイン政権と原理主義者のテロリストとの間の共謀関係に執着したこと、そして何よりイラク戦争後に旧政権下の官僚・軍人を大量に追放したことによるイラク統治の失敗をその原因とみなしています。

イラク戦争を契機とした世俗主義独裁政権の崩壊はその後の「アラブの春」へとつながり、結果的に中東の混迷を深め、原理主義テロリストは、アメリカの見通しに反しフセイン政権崩壊後にむしろその勢力を増し、その背景には政権を追放された多くの旧バース党出身の官僚・軍人の存在があると言われています。

結果としてフセイン政権崩壊後のイラクでは、スンニ派中心であったフセインバース党から多数派であるシーア派に政権が移り、不満・不安を抱えたスンニ派の間隙を突くようにザルカウィの一団が勢力を拡大することになります。

ザルカウィと彼の組織は組織としてその後のISILに直接つながるのみならず、ISILがその名を知らしめるに至った様々な組織運営の先駆でもあったようです。インターネット、SNSを通じた広報活動や、高度に組織化された組織運営などはその後のISILによる国家樹立に繋がるノウハウとして継承されているものだと本書で説明されています。

イラクのアル₌カーイダ」は無辜の民衆へのテロにより次第にその支持を失い、2006年にザルカウィが米国の爆撃により死亡したことで壊滅状態に陥りますが、その後継組織である「イラクイスラム国」とその指導者であるアブー・バクル・アル=バグダーディーが、今度は「アラブの春」におけるシリアの混乱状態に付け込む形で同国におけるその勢力を拡大し、また、シーア派イラク政権に対する不満を再び吸収する形で勢力を拡大し、2016年にISILの樹立を宣言することになります。

現在イスラム国はその勢力の大半を喪失した状態にありますが、本書を読めばISILの台頭を許した状況についてはその多くが解決されていないことがよく分かります。世俗主義独裁政権の後退、権力の空白に伴う混乱、イスラム宗派間の対立状況などどれも一朝一夕に解決するものではなく、今後も混迷した状況が続くものと予想されます。ならば独裁政権下での安定が良かったのか、と考えるとその不毛な2者択一に陰鬱な気持ちにならざるを得ません。

また、本書は主にザルカウィとバグダディによるISILへの軌跡を追ったものですが、両者と並び多くのページを割かれている、もう一人の主役と言うべき人物が登場します。それはヨルダン王国アブドゥッラー2世国王です。

アブドゥッラー2世 - Wikipedia

ザルカウィの出身地であり、イラク、シリアと国境を接する同国は常に原理主義の台頭に悩まされ、加えてアラブの春以降の中東における混乱の渦中にありますが、1999年に即位した国王がその後の20年弱をどれほどの苦闘の中で過ごしたのかが描かれています。

もともとは王位継承者ではなく(叔父である王太弟が継承者であった)、欧米で高等教育を受け、軍人としてキャリアを積んでいた彼が、図らずも王位を継ぐことになる点などは、シリアのアサド大統領とも類似点が多いのですが、片や現在最悪の独裁者となり、片や時代の混乱に立ち向かい、国家を安定させる指導者となるというこの対比は非常に印象的です。彼の存在が陰鬱になりかねない本書の一服の清涼剤となっているように思えます。アブドゥッラー2世国王は混乱の中、国を安定させた優れた指導者だと言えますが、同時に熱烈なトレッカー(『スター・トレック』マニア)であったり、外遊の際に航空機の操縦を自ら行うなど個性的なキャラクターが愛されており、1946年独立と若い国家ながら、王家への求心力を維持しているその手腕は高く評価されています。本書を読むとアブドゥッラー2世国王を思わず応援したくなります。それにしてもヨルダンとシリアの現状を見ると、危機における指導者の存在が如何に重要なものであるかを思い知らされます。その点については本書の隠れたポイントと言えるでしょう。

『Borderlands2』エンタメ指向のFPS+RPG

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『Borderlands2』をクリアしました(1週目)。ジャンルとしてはFPSRPGと言ったところでしょうか?前作『Borderlands』も、次作にして本作の前日譚である『BorderLands The Pre-Sequel』も未プレイですが特に問題はありませんでした。前作をプレイしていればもっとストーリーを楽しめたかもしれません。

少し前にプレイした『S.T.A.L.K.E.R』がリアル指向のFPSであることと比較すると、本作はかなりエンタメ指向の作品と言えるでしょう。

プレイ面ではRPG要素があり、敵を倒したりミッションをこなすことにより得られる経験値により、ライフの上限が上がったり、様々なスキルを取得することで戦闘を有利に進めることが出来ます。また、武器の種類もピストル、AR、SMGSNRなどFPSおなじみの武器がそろっているだけではなく、炎や電撃と言った追加効果を持つ武器が用意されており、武器の種類と追加効果の組み合わせを考えて攻略を進めることが出来ます。

操作面でも腰だめでの射撃精度が高く、また、エイムアシストが効くので、敵に充てられない、と言うことがまずないですね(『S.T.A.L.K.E.R』はアシストがないので敵に充てるのもはじめは一苦労でしたし)。

プレイした感触としては『S.T.A.L.K.E.R』よりはかなりカジュアルに楽しめるFPSでした。

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とは言うものの、FPSが得意ではない身としては決して簡単なゲームではなく、ミッションによっては何度も詰みかけました。プレイ時に難易度を選択することは出来ないので、とにかく十分にレベルを上げてミッションに挑まないと簡単に死にましたね。

敵味方のキャラクターの造形もかなりアクが強く、好みは分かれるでしょう。個人的には悪役であるHandsome Jackがいいキャラしてましたね。最後までとにかく救いのないクズっぷりを見せてくれました。好きですね、こういったキャラは。

レベル上げにサイドミッションをこなしながらのプレイでしたので、クリアまでには80時間ほどかかりました。

しばらく他のゲームをプレイしたら2週目に挑戦しましょうか。

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御船山楽園へお花見

暖かくなりましたので、バイクで出かけてきました。

行き先は佐賀武雄の御船山楽園。紅葉の季節以来ですが、今回は桜が目当てです。福岡市内から2時間弱で行けるのでちょっとしたツーリングに良いのです。

予報ではちょうど満開の日でしたので、平日とはいえ人混みが予想されるので、開園時間の8:00に合わせて到着するように出発しました。まだ寒暖の差が激しく、朝は冷えるので三瀬峠越えが辛かった、、、、

御船山ではこの時期夜桜のライトアップが行われています。ちょうどライトアップの際に池に浮かべている神灯籠を回収していました。

桜は満開の予想でしたが、早朝だからかまだ九分咲きと言ったところでしたね。

御船山楽園は必ずしも桜がメインという庭園ではないので、桜は結構そこかしこに植えられているようで、密集していないせいか迫力は今一つといったところでした。(でも2000本近くの桜が植えられているそうです。)

それでも一部の桜が密集している場所はさすがにきれいでしたね。

花見台から見下ろすとこんな感じです。

茶屋の脇に植えられている桜もいい風情でした。

帰りはいつものように武雄温泉で温泉に入ってから帰宅しました。

武雄温泉の桜も満開でした。

今回のツーリングではウインドスクリーンを購入して装着後初の遠出だったのですが、すごく運転が楽になりますね。体の正面にかから風の圧力がかなり軽減されて運転が安定します。これからツーリングにはいい時期になりますのでますます捗りそうです。

『Civilization5』戦争は政治の手段

『Civilization5』をプレイしています。

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Civilization』と言えばストラテジーゲームおける1大シリーズですが、これまでプレイしたことがなく、本作がシリーズ初プレイとなります。これも昨年のウィンターセールで購入しました。全DLC入りで¥1200ほどでしたのですごく安かったです。

最初に最低難易度(開拓者)でシングルプレイを試し、全勝利条件(軍事、文化、外交、化学)を達成し、現在はシナリオを攻略中で、ようやく半分ほどこなしました。各シナリオのプレイ状況としては、

 

ヴァイキング 運命の年(難易度:皇子)

 デンマークでプレイ。ドゥームズデイ州議会は5つ作成したが、ロンドン陥落直前でターン終了。戦闘を慎重に進め過ぎて時間が無くなりました。

モンゴルの台頭(難易度:皇子)

 金、中国、ペルシアを征服後、インドを残り1都市残してターン終了。ペルシアとインドはある程度同時に進行しないとターン数が足りない、、、

アフリカ争奪戦(難易度:皇子)

 フランスでプレイ。全ターン終了後ポイント数で3位となり勝利条件未達。最後の10ターンで長距離鉄道のポイントを奪われたのが痛かった。

ローマの没落(難易度:将軍)

 ササン朝でプレイ。危なげなく勝利条件達成。難易度を落としたこともあるがササン朝は有利なのでなおさら楽。西ローマならこの難易度でも危なかったかも。

侍の挑戦侵入(難易度:将軍)

 日本でプレイ。ソウル、南京を占領して勝利条件達成。しかし90ターン以上かかったので難易度からするとかかり過ぎか。素直に北上せず海上から攻めればもっと短くできたはず。

 

同じシミュレーションのカテゴリでも、以前プレイした『Factorio』とは全く異なるゲームですが、これもやめ時がなかなか見つからない困ったゲームです。ついついあと1ターン、あと1ターンと繰り返すうちに2,3時間はかるく過ぎてしまいます。

最近になってゲームを再開した身としては、それほどシミュレーションゲームに詳しいわけでは無いのですが、『Civilization』は私の知る『大戦略』や『信長の野望』などのいわゆる戦略シミュレーションゲームとは大きく異なり、軍事的に相手を制圧することだけが勝利とはなりません。それ以外にも勝利条件が用意されており、それぞれの条件に適したプレイを楽しむことが出来るのが楽しいです。まあマルチプレイでやるのであれば相手を制圧するのが最も簡単だと思いますが。

しかしNPC相手のシングルプレイをやっていると、軍事的な勝利(事実上相手都市を全占領する)が一番面倒くさく感じますね。結局それなりの軍事ユニットをそろえ、そのコストを維持し、都市の不満度を抑えることを考えると、他の勝利条件(特に外交や科学)を達成するほうがよほど楽です。このあたりはなかなかよく考えられていると思いました。

プレイ時間も100時間を超え、そろそろ別のゲームにまた手を出しましょうかね。

NHKドキュメンタリー「シリーズ“脱炭素革命”(3)「激変する世界ビジネス グローバル企業の挑戦」」:最後はやや尻すぼみ

NHKドキュメンタリー「シリーズ”脱炭素革命”」の3本目「激変する世界ビジネス グローバル企業の挑戦」を視聴しました。

www.nhk.or.jp

脱炭素革命の潮流を、金融面から追った1本目、電力事業から捉えた2本目に続く3本目は、個別企業の取り組みを追った内容でした。

どちらかと言えば各企業の取り組み紹介と言った内容であるため、個別事例としては興味深くあるものの、1,2本目のように目新しいトピックが織り込まれたものではありませんでした。とは言うものの、世界最大のCO2産出国である中国の脱炭素への取り組みにはやはり驚かされます。パリ協定前の京都議定書のころはCO2削減なんて箸にも棒にもかけない、と言った態度であったのに、精々10年でこの変わりようです。

結局大気汚染などの環境問題が、内政面でも無視できないレベルに達したことが一つの原因ではあると思われますが(中国は外圧では容易に政策を変える国ではない)、一方でその方針転換の速さと、潮流を自身の利益追求に結びつけようとする強かさはさすがと言うより他ありません。

一方で日本の場合、未だに石炭火力発電を推進しているということで、COP23で「環境に悪影響を与える国」として非難されている様子が番組でも紹介されていました。こと”脱炭素”の分野では既に中国が推進役である一方、日本は時代遅れの悪役扱いとなっている姿が非常に対照的です。いまだに国内では日本は優れた環境技術を持つ環境先進国で、中国は大気汚染のひどい公害大国という認識を持っている人は少なくないと思いますが、こと”脱炭素”のテーマに関しては日中のイメージがすでに逆転しつつあることはもっと多くの人に知られても良いでしょう。

シリーズ3本を通して観た印象として、このままこの”脱炭素”の潮流が進めば、10年とは言いませんが30年後の産業や我々の生活には大きな変化が免れないでしょう。日本は現在その流れにうまく乗り切れていない印象が否めませんが、人口減少が続き、エネルギーの急激な増加が見込まれず、すでに省エネ化も進んでいる日本は”脱炭素”には取り組みやすい環境でもあるはずなのですね。現在はその環境がかえって危機感の醸成を妨げているようですが、この番組を一例として”脱炭素”の潮流に対する啓蒙が進んでゆくことが期待されます。

最後に2点ほど本シリーズを観て感じた疑問をメモ代わりに残します。

 

・鉄鋼産業と”脱炭素”の関係は?

石炭を大量に消費し、CO2を排出する産業の代表と言えば鉄鋼産業ですが、その鉄鋼業界の”脱炭素”への取り組みへの言及がなかった。鉄が”産業のコメ”である現実は早々に変わらないと思うが、一方でコークス炉中心の鉄鋼業が電炉化する流れは生産規模、効率の面で考えづらい(この点は自分の知識が十分ではないからかもしれないが)。金融業界脱炭素への取り組みに乏しい企業から投資を引き上げる方向に動いているらしいが、鉄鋼業界はその対象となっているのか?まさか生産を途上国で行うから問題ないというわけでは無いでしょうし(欧米の機関投資家はこのあたりの選定基準が厳しいと聞いているのだが)

・”シェール革命”との関係は?

米国のシェールガス・オイルのリグ数は現在でも増加傾向にあるのですね。

https://jp.investing.com/economic-calendar/baker-hughes-u.s.-rig-count-1652

2016年に一度底を打って以降、緩やかに稼働数は上昇しています。これは脱炭素の潮流からすれば明らかに逆行とも言える動きなのですが、稼働数が増えているということはその分投資も増えているはずなのです。この点も少々気になりました・

NHKドキュメンタリー「シリーズ“脱炭素革命”2▽激変する電力ビジネス」:正にパラダイム・シフト

シリーズ”脱炭素革命”の第2回を視聴。

www.nhk.or.jp

投資と金融の面から脱炭素への潮流を追った第1回に続き、第2回は電力ビジネスで今起きている再生エネルギーへのシフトを追った第2回。タイトルこそ「激変する電力ビジネス」となっていますが、ビジネスのみならずこれはもう電力の生産・使用に関するパラダイム・シフトと言うべき流れが現在起きているのだということがよくわかる内容でした。

番組の舞台はドイツ。現在EUで最も意欲的に再生エネルギーの普及を行っているその取り組みが紹介されます。ドイツの再エネへの取り組みはネット上で一部の層から失敗として揶揄されることもありますが、それらの意見の正誤も理解できる内容であると感じました。いくつか印象的な内容を箇条書きにすると、

・再生エネルギーの発電コストは火力・原子力と比較しても遜色ないレベルまで低下している。(この点は第1回でも触れていました)

・一方でドイツではこの15年間で電気料金は2倍近く値上がりしている

・値上がりの主な要因は再エネ普及に関する税金や普及コスト。電気料金の値上がりを重荷に思う市民、企業は多い

・そのため、企業では自社での発電を含めたエネルギー管理を重視し、エネルギーの他社依存からの脱却の流れが生まれ始めている

・再生エネルギーへのシフトは、電力会社のビジネスモデルに大きな変更を強いることになる。

・従来のモデルでは、上流(発電)は少数の大規模な発電所(火力、原子力)で電力を集中して生み出し、下流(送電)に流していた。このモデルでは電力の安定化のカギを握るのは上流であり、下流は複雑な管理は不要だった。

・再エネへのシフトが進むと、上流(発電)は多数の中小規模な発電所(風力、太陽光等)に分散する。各発電所の電力量や安定性にはむらがあり、そのため安定化のカギを握るのは下流となる。

・電力会社にとっての利益の源泉が発電から送電へのシフトする傾向にある。(送電網の建設・維持には膨大なコストがかかるので、巨大電力会社は今後発電から撤退して送電に経営資源を集中する流れが生まれつつある)

・再エネへのシフトに伴う送電網の管理の複雑化と負荷の高まりは膨大であり、そのため発電量・消費量の予測を基にした管理が不可欠となっている。(予測ができないと送電網が負荷に耐えられない。正に時間単位で発電量の調整を行うことも行われている)

・そのためビッグデータを活用した生産、消費量の予測技術のニーズが高まり、そのビジネスチャンスも広がっている。

・今後はスマートメーターの普及と活用を進めることで、より生産・消費量の予測精度を向上させるのみならず、そこから得られるデータを活用した新たなビジネスも見込まれる。

 

などなど。1消費者としては感じるものは少ないかもしれませんが、電力の生産・消費・管理と言う面で構造が大きく変わりつつある現状がよく分かります。番組の中でリコーの執行役員の方が「日本での環境への取り組みは専らコスト削減だが、欧米ではすでに新規の事業開拓となっている」とその意識のずれを語っていましたが、その言葉を鑑みるとやはりこの「脱炭素」の流れは止まらないと感じさせられます。すでに「地球環境が危ないから」とか「コストを削減すなければ」といったいわば後ろ向きの理由からの取り組みではなく、「脱炭素」を積極的に新しいビジネスとして展開しようとする取り組みにシフトしているとすれば、そう簡単に流れと言うものは止まるものではないからです。

日本の場合、発電における再エネシフトへの取り組みがどうしても見劣りしますが、平地の少ない島国であるという特性上やむをえない部分はあるのでしょう。(番組では触れられませんでしたが、欧州では国を超えて電力の売買が可能なので、総発電量のうち一定程度外国に依存する部分もあります)

一方送電に関しては、スマートメーターの普及は3割近くとなっており、意外にスマート化が進んでいる印象を受けます。もっとも日本の場合、ハードの普及は迅速なのに反して、ソフトやデータの活用やマネジメントの変更が遅れがちなので、メーターの普及で満足しないことが望まれます。

また、番組ではドイツの取り組みをかなり肯定的に紹介していましたが、それでも炭素燃料による発電の割合はいまだ高く、また再エネ普及への取り組みにも日々見直しの目がかけられていることも事実なようです。

ドイツ|データ集|一般社団法人 海外電力調査会(JEPIC)

さらにもう1点気になったのは、再エネへのシフトに伴う送電網の管理の複雑化です。上流も下流も分散化し、発電側が天候にも左右される再エネ後の電力運用はすでに人の手では管理できないほど複雑化しています。工場の生産管理や企業の業務システムの開発に関わった経験のある方なら理解できると思いますが、システムが複雑になるほど細かい障害は多くなり、その複合的な発生による大規模障害が発生するリスクは高まります。番組を観ていると、送電網システムの障害やダウンによる大規模停電のリスクは従来型のモデルよりは高まるのではないかと懸念されます。(もっとも停電を起こさないための管理システムなのでこれは鼬ごっこと言うべきなのですが、送電の管理コストは確実に上昇するでしょう)

第1回の内容も合わせた感想として、欧米ですでに「脱炭素」が利益を生み出す取り組みとして進められている以上この流れはやはり止まらない、と言う点に変わりはありません。正直アメリカがパリ協定から脱退しても、アメリカの企業は「脱炭素」に取り組まざるを得ないというのが今日の現実なのでしょう。一方でますますシステムが複雑化していくことへの懸念も感じざるを得ない。それが第2回までを見た感想ですね。

 

NHKドキュメンタリー「シリーズ“脱炭素革命”(1)「激変する金融ビジネス “石炭”からの投資撤退」」:舵は切られている

2/26放送の「シリーズ“脱炭素革命”(1)「激変する金融ビジネス “石炭”からの投資撤退」」を視聴しました。

 

www.nhk.or.jp

このテーマを特に熱心にトレースしていた訳では無いですが、それでも世界の潮流と自分の意識とのずれを感じざるを得ない内容でした。

所謂「脱炭素社会」への潮流を追うシリーズの1回目なのですが、今回は主に投資の面からの取り組みについての取材内容となります。

その前段として取り上げられるのが「ダイベストメント運動」です。「ダイベストメント」とはもともと投資しているポートフォリオから、倫理、道徳面で不適切であり、投資面でのリスクとなりうる企業を除外することを指していました。知られたところでは環境汚染や児童労働に対する改善への取り組みが不十分としてユニクロやナイキ、任天堂などもやり玉に挙がったことがあります。

この「ダイベストメント」が、対象となるテーマが「脱炭素(または脱化石燃料)」に絞られた形で社会運動化し、エネルギー会社のみならず金融会社や投資機関に対する現実的に大きなプレッシャーとなっていることが紹介されています。

つまり脱炭素をテーマとする「ダイベストメント」が投資家へのプレッシャーとなっているということは、投資家の対象選定の条件に一つに「脱炭素」というテーマがすでに加わっているということになります。これは現実のビジネスではかなり大きな影響を受ける話で、例えばここ20年で「コーポレートガバナンス」や「コンプライアンス」と言ったテーマが投資家の選定条件に加わることで、この両語が株主に公開される資料に記載がない会社は無い(=取り組みのない企業は投資に値しないと判断されるため)という状態になったことを考えると、そこに「脱炭素」が加わることは間違いないと思います。

懸念のしすぎでしょうか?しかしながら、すでに世界的な投資機関や金融機関の多くが「脱炭素」をテーマとしたダイベストメントに着手しており、そのことは番組の中でも取り上げられていますが、他のソースでも確認できます。

ダイベストメント | Sustainable Japan | 世界のサステナビリティ・ESG投資・CSR

また、日本の株式市場における外国人の持ち株割合を考えると、ダイベストメントの影響は早々に現れてもおかしくない状況でしょう。

外国人持株比率 | ランキング | 会社四季報オンライン

また、パリ協定における「今世紀後半までにCO2排出量を0に近づける」と言う目標から逆算すると、「今後人類が排出できるCO2は1兆トン、現在の排出量で言えば20年分」と言うのもなかなかのインパクトです。

これまで石油をはじめとする化石燃料資源は、その埋蔵量が有限であるところに価値の源泉があると同時に、その有限さ故にエネルギー危機への懸念があったわけですが、その認識はすでに古く、むしろ現在の環境は、その埋蔵量を燃やし尽くすことなど許されない状況にあり、資源の埋蔵量にその価値を依存していた会社の投資価値が急落しているというの話は、昔ながらのローマクラブの石油枯渇説を知るものとしては少なからぬ驚きです。

この「脱炭素」の潮流は、すでにエコロジーを軸とした社会運動の枠を超えて、投資家に現実的なプレッシャーを与え、社会の方向性の転換を実現する大きな潮流となっていることがよくわかる内容でした。そうなると気になるのが日本の取り組みです。「脱炭素」も「ダイベストメント」もさほど関心が高くなく、政治でも報道でも取り上げられることが少ない日本は正直なところこの潮流からは大きく取り残されている気がします。もともと私がこの番組を観る気になったのも、購入している山口正洋さん(ぐっちーさん)のメルマガで、アメリカにおける脱炭素への取り組みが良く取り上げられていたからなのですが、そのメルマガでも言及のあった日本の低CO2石炭火力発電所がこの番組でも取り上げられていました。番組ではやんわりとした指摘でしたが、この件海外からはCOP23でかなり批判の的になっていたようなのですね。この脱炭素の潮流の中で「日本の技術ならば低CO2の火力発電が可能!」とゼロ・エミッション前提の会議で意気揚々と発表するということをしでかして、日本企業は大きく株を下げたようです。もう「日本の先進的な環境技術」などとはとても言えません。低CO2ではそもそも門前払いなのですが、この潮流に企業や政府だけでなく、社会全体が取り残されている気がします。

日本の場合どうしても議論が「脱炭素」より「脱原発」にフォーカスしてしまうのが残念ですね。つくづく福島原発事故の影響の大きさを感じます。「脱原発」のほうが声が大きく、政治的なイッシューになりやすいからなのでしょうが、テーマとして矮小化されている印象はぬぐえません。もっと視野を広く「脱炭素」の潮流に取り組まないと10年後に大きな差になっていると思われ、多少なりとも日本株へ投資をしている身としては大変気がかりです。すでに脱炭素の取り組みでは中国やインドのほうが先に進んでいる点も多いこともあまり知られていないでしょうね。温暖化への取り組みにおいて「先進国対途上国」の構図がすでに過去のものとなりつつある中で、火力発電への依存が大きく、その技術の海外へのインフラ輸出を促進する日本がむしろ批判の矛先となりかねないことはもう少し知られても良い気がします。

「脱炭素」の潮流は、良い悪い、正しい正しくないとは関係なく、すでに動き出しており、イデオロギーも超越した現実の動きです。好き嫌いはともかくこの流れにはもっと注目が集まってほしいと思います。(そういう意味でもよい番組でしたね)