ミツバチのささやき:どこか陰鬱だが美しいスペインの風景

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評価:3(5点満点)

総評

1973年公開のスペイン映画。

この映画はスペイン・カスティーリヤ地方のある村が舞台となっていますが、とにかくその情景が素晴らしいですね。いわゆる観光地的な美しさではなく、むしろ荒涼としたともいえる風景なのですが、いまだ電化も産業化も不十分な田舎の村の姿はおそらく現代ではもう見ることができない風景なのかもしれません。淡々とした調べのメインテーマが繰り返される、単調ともいえるBGMの効果もあり、美しさと陰鬱さを同時に感じることのできる不思議な風景です。

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この映画が公開された70年代初頭のスペインはフランコ独裁政権下にあり、本作の舞台もスペイン内戦直後の1940年となっている。つまり独裁政権による検閲の下で公開された作品であり、本作には独裁政権下のスペインにおける様々な隠喩が込められているとも言われています。それらの隠喩については製作者により明示的に述べられているわけではないので、鑑賞後にでも様々な解釈を調べるなりして楽しめばよいと思います。(本でもネットでも本作の評論ではよく取り上げられるテーマですので)

特に隠喩を巡る解釈に興味がなくとも、背景となるスペインの現代史(スペイン内戦とその後の独裁政権)を踏まえると、本作で描かれる美しくもどこか陰鬱な情景についてより深く感じることができると思います。

また、本作の魅力と言えば主演であるアナ・トレントによるものも大きいでしょう。

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大きな黒い瞳が印象的なアナ・トレントは正に純真無垢そのものと言ったところで、彼女の存在から本作に興味を持った方も少なくないと思います。

これまでに述べた複雑な背景(映画内では一切語られません)をもつ本作の情景は単純明快、明朗快活とは対極にある重く複雑で鬱屈としたものですが、それと対を成すかのような少女の無垢な存在をアナ・トレントが見事に表現していると思います。

映画の中の少女は5歳。まだ目に映るそのままが自身の世界の有り様となる年頃です。その少女の瞳に映る世界の一方で存在する残酷な真実。その間に揺れる心を秀逸な映像とともに描く秀作です。

観て楽しい映画とは言えません。泣ける映画でもありません。それでも見ておいて良かったなと思える作品です。