BS世界のドキュメンタリー『乳牛たちのインティファーダ』(11月29日再放送)

BS世界のドキュメンタリー『乳牛たちのインティファーダ』を視聴しました。

www6.nhk.or.jp

ドキュメンタリーを観る理由の一つには、自分の知らない知識、自分とは違う視点を得ることにあると思います。その意味では海外のドキュメンタリー番組を放送するNHKの「BS世界のドキュメンタリー」は興味の湧くトピックを番組表で探しては視聴する番組の一つです。

インティファーダ」は一般にはパレスチナにおけるイスラエルに対する民衆蜂起を指す言葉としてとらえられています。これまでに大規模なものとしては1980年代後半、2000年代初頭の2回が有名ですが、本作は80年代後半の第1次インティファーダにおけるヨルダン川西岸のベイト・サフール地区での出来事を回想する内容となっています。

この番組を観るまでインティファーダという言葉から連想するのはイスラエルの戦車や装甲車に対して投石するパレスチナ人というイメージだったのですが、ベイト・サフール地区におけるそれは一風変わっています。当時イスラエルの占領下にあった同地区では、生活に必要な物資がすべてイスラエル企業の製品であり、その購入を事実上強制されている状況でした。その状況を打開するため、地区の住人が18頭の乳牛を購入し、牛乳の自給を目指すところから番組は始まります。つまりイスラエルの占領政策に対して暴力的な手段ではなく、経済的に抵抗することがベイト・サフール地区の「インティファーダ」であるということです。

この活動はイスラエル軍当局から目を付けられ、軍は住民に対して乳牛を売却するように命令するのですが、住民がそれに抵抗し、乳牛を地区に匿い、またそれを軍が追う、という形で同地区のインティファーダが展開することになります。

高々18頭の乳牛くらいで、と思われるかもしれませんが、この乳牛購入の動きは仮に広がりを見せれば占領政策の基本である経済的な隷属関係を壊しかねない危険なものであると軍には映ったのでしょう。番組でも当時の軍関係者がこのような経済的な非暴力抵抗運動は暴力的なそれに比較して、取り締まりも予防も困難であると証言しています。とはいうものの当時の軍が活動家ではなく18頭の乳牛を指名手配し、数百人の規模で捜索したというのは当事者たちの真剣さに反して滑稽さを感じずにはいられず、それがこの番組に深刻になり過ぎないためのユーモアを与える効果が生まれているようです。

また、本作のドキュメンタリーとして特徴的な点として、当時の関係者の回想だけで構成するのではなく、4頭の乳牛を主人公としたクレイアニメが並行して挿入される点にあります。イスラエルキブツから購入された4頭は、イスラエル寄りの視点で会話していますが、その彼女たちがパレスチナ人に世話をされ、インティファーダの過程ではイスラエル軍に追われることになる様子がアニメで描かれることは、イスラエル側でもパレスチナ側でもない視点を挿入する試みなのかもしれません。その効果はさておき、同地区でのインティファーダがもつ本質的な滑稽さをうまくユーモアに昇華するうえでは非常に効果的だと思います。

この乳牛たちの最期がちょっとホロリとする展開なのですが、その点も含めてテーマの重大さ、深刻さと裏腹に、ちょっとした映画を観終わったような読後感を与える番組でした。