ノスタルジア:静謐な映像作品

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評価:2.5(5点満点)

総評

1983年公開のイタリア・ソ連合作映画。ロシアの巨匠アンドレイ・タルコフスキーの作品です。

自分にとって映画が娯楽であるのならば、本作は映画と言うより映像作品として評価すべきであると感じました。物語としても娯楽要素はほぼ皆無に等しく、分かりやすい粗筋やメッセージが読み取れるわけではありません。主人公の名前や、背景として語られる音楽家についてなど、本作の撮影後にタルコフスキーソビエトから亡命したことを重ね合わせると、自伝的、と言うより一種の私小説的な作品なのかなと思える内容でした。

本作の素晴らしさはとにかくその映像の美しさにあると言えるでしょう。タルコフスキーの作品は本作以外では『惑星ソラリス』『ストーカー』を観た程度ですが、本作も含めてタルコフスキーの作品は映像の美しさが圧倒的で、ストーリーはどうしても二の次になるのですね。基本的に映画というジャンルには娯楽を求めるタイプの人間であるため、評価の軸も娯楽作品としての出来を中心に見てしまうので、本作の評価もそれほど高くつけることは出来ませんでした。

だからと言って本作がつまらない作品かと言うとそうではありません。前述したようにその映像のすばらしさだけでも一見の価値があります。冒頭の朝もやに煙る牧草地の風景や、ドメニコが居住するなかば水没した廃墟の情景など、まさに息をのむほどの美しさです。現実にこれらの風景を見て、同じような感想を抱くことが出来るか自信がなくなるほどで、正に映像作家としての面目躍如と言えるでしょう。

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また、本作は全編を通じてBGMがありません。ごく一部にベートーベンの第9などが流れる場面がありますが、それも映画中で実際に流れている設定となっており、所謂BGMとしての演出は皆無と言っても良いと思います。BGMの代わりに流れるのは、言うなれば生活音、大理石の廊下に響く足音、廃墟に反響する雨だれ音など、自然ではありながら作家が場面に合わせて抽出した効果音のみです。登場人物も少なく、寂れた観光地を舞台にした本作はその映像の美しさも併せて非常に静謐な空気に満ちた作品です。

本作はエンターテイメントとして楽しめる作品ではありません。しかしながら映画を見る楽しさは必ずしも娯楽だけではありません。折に触れて本作のようなタイプの作品を視聴するのもまた良いものです。