ザ・リーダーズ ~車で世界を変えた男たち:アメリカ産業史を描く見応えある群像劇

ヒストリー・チャンネルで放映された『ザ・リーダーズ ~車で世界を変えた男たち』がなかなか面白かったので、雑感を残しておく。



CS放送のドキュメンタリー系チャンネルは、ディスカバリー、ヒストリー、ナショジオが御三家だが、コンテンツの傾向はそれぞれ異なる。個人的な印象としては、「ディスカバリー₌ハイエンドなお茶の間向けでNHK的」「ヒストリー₌ローエンドなお茶の間向けでバラエティ的」「ナショジオ₌教養指向」なのだが、この番組はヒストリーにしては珍しくディスカバリー的な印象を受けた。3チャンネルとも車番組は番組表の一角を担う重要なコンテンツなのだが、ヒストリーの売りは『カー・ウォリアーズ』みたいな良い意味で偏差値低めなバラエティー路線が売りだと思っているが、時折このような番組も放映してくれるのはありがたい。この番組は、車を中心に、名車の変遷を辿りながら自動車の歴史を追う、と言うものではなく、どちらかと言えば会社を中心に、アメリカ自動車業界の産業史を、それぞれの会社の経営者を軸に描く群像劇というスタイルをとっている。登場するのはヘンリー・フォードをはじめとして、GMの創業者ウィリアム・C・デュラント、クライスラーの創業者ウォルター・クライスラーなど多くの人物が登場し、自動車業界の変遷を描いている。

それにしてもH・フォードの描かれ方がひどい。H・フォードが自動車業界のパイオニアであり、産業界の巨人であることは当然描かれているが、同時に彼のダークサイドと言うべき側面もかなり触れられている。自分が幼少の頃(40年以上前だが)、H・フォードと言えばエジソンと並ぶアメリカ現代史の偉人として知られていたが、近年ではその裏面もそれなりに知られるようになった。フォード社内における独裁振りや、労働運動への敵視など、およそ人格者と言い難い側面を持つ人物であることも、その業績と同等に描かれているのは、アメリカの車番組としては珍しいとも言える。実際この番組は実質的に主役はH・フォード、およびフォード社で、おそらく時間の半分以上はフォード関連に割かれている。彼のナチスへのシンパ的言動に触れていないあたりがせめてもの武士の情けと言ったところだろうか。

また、H・フォードの息子であり、2代目社長であるエドセルの描かれ方が興味深い。自分の知る限り、フォード社の凡庸な2代目、もしくはヘンリーに虐待ともいえる扱いを受け続けた不幸な息子、と言った評価を受けることが多いエドセルが、実際にはファミリー・ビジネスの2代目としては相当に優秀な人物だったという評価をしているのはこの番組が初めてだ。ヘンリーがT型フォードの成功に固執し、新技術や新車開発で大きな後れを取り、ヘンリーの独裁者振りに嫌気がさして創業時のスタッフの多くが離れる中で、粘り強くヘンリーを説得し、A型フォードの開発に導いた功績の多くがエドセルにあるのならば、やはり彼は有能な2代目と言うべきだろう。会社でも国家でも、その存続に決定的に重要なのは2代目であることはよく言われるが、その役割を十二分に果たしたと言えるだろう。A型フォード発表の直後に大恐慌に見舞われるなど、ついてない部分もあり、これまで過小評価されてきたようだが、その後も第2次世界大戦時にヘンリーの反対を押しのけて軍需向けの契約を獲得し、会社に大きな利益をもたらすなど、エドセルがヘンリーの息子であり、2代目社長でなければフォード社が今日存続していなかった可能性すらあったかもしれない。

他にも、アメリカ自動車業界では所謂”BIG3”(今となっては無意味な呼称だが)を抜きにして語れないが、1920年代後半までは、BIG3はフォード、GMダッジの3社であったというのも初めて知った。スペイン風邪の流行で、ダッジ創業者であるダッジ兄弟の急逝し、その工場をクライスラーが買い取ることで、同社がBIG3の一角に食い込むことが出来たということも番組では描かれている。

番組は全3話で構成されているが、この手の番組では珍しく、70年代に日本車の攻勢でBIG3が不振を極めた時代まで書かれている。群像劇というスタイルの特性上、そこに登場するのがリー・アイアコッカとジョン・デロリアンと言うのも興味深い。特にアイアコッカはビジネスや経営の文脈で語られることは多いが、このような車文化の文脈で番組に取り上げられることは少ないので、その点もなかなか面白かった。一方でアイアコッカと同時代で、同じような文脈で語られがちなロバート・マクナマラについてほとんど言及がなかったのは、やはりフォードの社長よりもケネディ政権での国防長官としての評価の比重が高いからなのだろうか。GMについてもデュラントよりアルフレッド・スローンに比重を高くしていることからも、製作者は”経営”という面についてより重点を置いた描き方を目指していたように思える。

最近CSのチャンネルも番組のマンネリが目立つので、見る機会も減っていたのだが久々に見ごたえのある内容だった。