オスマン VS ヨーロッパ:コンパクトなトルコ民族史

オスマン VS ヨーロッパ ~<トルコの脅威>とは何だったのか?』

新井政美 著

講談社

地元の図書館で時間を潰していた際に目に入った本。オスマン・トルコ帝国という国は、高校で学ぶ世界史ではヨーロッパ諸国の目線で脅威としての側面を描かれがちであるため、名前程その実像が知られていないのが実情だろう(この点はやはり日本における「世界史」の、西側視点の表れだろうか)。

本書はオスマントルコ帝国のみならず、枠を広げてトルコ民族の歴史を古くは突厥フン族の帝国からその軌跡を辿り、帝国としての一つの頂点であるオスマン・トルコ帝国の興亡を描いたもので、200頁程度の分量でコンパクトにまとめられており、手軽に読むことが出来る。

オスマン・トルコ帝国が13世紀以降、如何にその版図を広げ、勢力を強めていったのか。筆者がその大きな要因として挙げるのは2点。一つはオスマンがトルコ民族という騎馬民族に源流を持ち、その性格を受け継いでいる点。2点目は言うまでもないことだがイスラム王朝であるとの特性だ。

この2点は双方とも、その民族や宗教と言うドグマに政治が強く縛られない点が特徴となる。騎馬民族国家は、先に挙げたフン族突厥のみならず、代表的国家であるモンゴル帝国を含め、巨大な帝国を形成した国家は押しなべてその政治システムが民族の枠にとらわれないことが特徴である。これは、支配層と被支配層の数的構成において、前者が圧倒的に小さいことによる必然だが、いずれの騎馬民族国家においても行政機構における異民族の人材活用に積極的であり、民族的な排他性が非常に薄い。また、歴代のイスラム王朝においても、他宗教に対する施策は本来非常に寛容であり、人頭税さえ払っていれば改宗を強制されることもないことは有名な話だ。この点は同時代に宗派、宗教戦争を繰り広げていたヨーロッパのキリスト教国とは非常に対照的だ。

オスマン帝国においては行政機構のみならず、有名なイェニチェリのように軍事機構においても国家の中枢を占める異教徒の存在が特徴的である。その形成期には、他の騎馬民族国家と同様、テュルクメンと呼ばれる部族組織を基とする騎兵集団が中心であった軍事機構が、絶対王権へと移行するために必要な常備軍の役割をイェニチェリが占めることとなる。つまりヨーロッパに先駆けて事実上の絶対王政が実現した背景に、騎馬民族国家であり、イスラム王朝であるオスマン帝国の性格が見えるということだ。

メフメト2世やスレイマン1世のような著名な皇帝の業績も非常に簡潔に整理されており、世界史の授業で足りない大部分は本書でおおよそ埋められるのではないかと思う。