『Outer Wilds』 22分間、永遠の宇宙探検

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『Outer Wilds』をクリア。所要時間は約50時間。

数多く存在するGOTY(Game of The Year)の中でもメジャータイトルの一つであるBAFTA(英国アカデミー賞)のゲーム部門において2019年のBest Gameを受賞した本作。自分もそのニュースで本作を知り、最近Steamでの販売が開始されたことで購入した口だ。特に直前で同じくメジャータイトルのTGA(The Game Awards)のGOTYを受賞した『SEKIRO』を抑えての受賞ということで俄然興味が湧き、Steamでのリリースを迎えて満を持してのプレイとなった。

クリアしての所感だが、なかなか一筋縄ではいかない作品だ。プレイそのものははっきり言ってしんどいものだった。結構なストレスだったと言っても良いだろう。正直やめてしまおうと思ったことも一度や二度ではない。しかし何とかクリアまでこぎつけてみると実に良い作品だった。諦めずにプレイして良かったと思える作品だった。 

宇宙の謎を突き止める。タイムリミットは22分間

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作品の舞台は此処ではない別の宇宙。Heathianと呼ばれる種族が”木の炉端”と言う名の惑星に居住していた。プレイヤーは宇宙の探索を目的とするOuter Wilds Venturesに所属するHeathianの新米宇宙飛行士で、いよいよ初飛行を迎える夜から本作はスタートする。

仲間からの応援を背に受け、希望と不安を胸に宇宙へと旅立つ。しかしその旅は唐突な終わりを迎える。ロケットが発射して間もなく、予兆なく発生した太陽の超新星爆発によって彼らの太陽系は終焉を迎える。こうして一人の新米パイロットの初飛行は彼の太陽系と共に儚く消え去る...はずだった。

気が付くとプレイヤーは再びロケット発射台の麓でキャンプファイヤーを囲んでいる。理由は分からないが過去に戻ってきてしまったらしい。混乱の中で再び宇宙に飛び立つも、またもや発生する超新星爆発。そして気が付けば目の前にはまたキャンプファイヤーの炎がチラついている...。

同じ過程の繰り返しで自分が奇妙にループする世界に巻き込まれたことを知る。ループの間隔は22分間。いかなる行動を取ろうとも、目覚めてから22分後には必ず超新星爆発によって世界は滅び、巻き戻される。

超新星爆発は何故起きるのか?何故世界はループしているのか?そして何故その事に自分だけが気づいているのか?その謎を解き明かすため、新米宇宙飛行士は永遠に繰り返される22分間に挑み続ける。

以上、少し長めのプロット紹介となった。本作は宇宙を舞台にした所謂”ループもの”だが、Heathianのユーモラスな造形、レトロ感のある宇宙船や各種ガジェット、極端にデフォルメされた箱庭的な太陽系などから、藤子不二雄F的な”SF(すこしふしぎ)”な物語を予想していた。しかし蓋を開けてみると、その内容たるやゴリッゴリの”ハードSF”だった。

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正直2020年の今、これほど骨太なハードSFを、まさかゲームというメディアで拝めるとは思わなかった。正直ゲームでこれだけのハードSFを展開した作品を自分は他に知らない。そもそもハードSFはスペースオペラに比べてもドラマやスペクタクルにおいては一歩譲り、エンタメとしては少々難解だ。そんな作品が商業的な成功をおさめ、メジャーGOTYの一角を占める、正に現在におけるゲーム文化の多様性を示す1作と言えるだろう。

それも読むだけではなく、その世界を自らのプレイを通して体験することが出来るのである。かつてのSF者としては興奮を覚えざるを得ない。かつてジェイムズ・P・ホーガングレッグ・ベアを嗜んでいたそこのあなた!悪いことは言わないからさっさと本作をプレイした方が良い。大丈夫、後悔はさせない。 

刻々と変化する宇宙、量子の謎に挑め

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本作をジャンル分けするならば、オープンワールド型の探索を目的としたアドベンチャー・ゲーム(”ワールド”ではなく”スペース”が正しいだろうが)だ。舞台となる太陽系にはいくつかの惑星が存在しており、どの惑星も個性的だ。ブラックホールを内在し、徐々に崩壊を始める星、一面の海に覆われた星、時間と共に地表の砂が移動を始める連星、どの星についても探検は危険と隣り合わせで一筋縄では行かない。

この太陽系にはかつてNomaiと呼ばれる種族が存在しており、各星に遺跡をはじめとした様々な痕跡を残している。プレイヤーはNomaiの足跡を辿りながらその探索を進めていくが、徐々に宇宙の謎がNomaiと密接な関係を持つことが明らかになる。

ハードSFである本作の鍵となるのは「量子力学」だ。本来超ミクロ環境でのみ観測される量子的現象が、この太陽系では我々の知覚するスケールで展開されている。*1それは本作のシナリオだけではなくゲーム内のギミックとしても活用されており、各地の探索やNomaiの遺跡における謎解きなど様々な場面で登場する。当初、やけに量子論的な言い回しが多いと思いつつプレイしていたのだが、その実本作を支える理論的背景そのものだった訳だ。

刻々と変化する宇宙と目の前に現れる量子論的現象こそがプレイヤーの挑む探索の舞台だ。22分間と言う限られた時間の中でも宇宙は変化を続けている。最初の1分と最後の1分では全く様相が異なる。ある時間にはたどり着けない場所に、ある時間ではたどり着けるかもしれない。目の前に見える物が次の瞬間には消え失せているかもしれない。Nomaiが残した知識と自前の好奇心を武器に、謎と不安の宇宙を探検する繰り返しの22分間。これは探索と言うより探検、Adventureと言うよりExplorの作品なのである。 

”フェア”だが”厳しい”ゲームデザイン 

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 BAFTAのGOTYを取った本作だが、実のところ万人にお勧めできる作品ではないと思う。はっきり言えば「敷居が高く」、「好みが別れる」作品であると思う。

そもそも物語の背景となるのが量子論であり、それがプレイにまで及んでいる作品である。世間一般の人々にとって量子論など日常の関心から大きく外れている。ボーアやハイゼンベルクの名前をどれだけの人が知っているだろうか?本作中の量子論を利用したギミックは、量子論そのものを理解してなくともその仕掛けを理解することは出来るが、シナリオについてはある程度の前提知識が無いと理解が及ばない懸念がある。

また、ハードSFである本作にはシナリオ的な意味での派手さに欠けることも否めない。探検と謎解きが中心であるため、ドラマやアクション、スペクタクルと言った要素が薄く、意識高めの表現で言えば知的好奇心こそがエンタメとしての本作の本質だ。好きな人には響くがそうでない人にはさっぱりだろう。

それを助長するのが本作のゲーム性だ。探検、そして謎解きとしての本作は驚くほどフェアな作品だ。世界は刻々と変化しているが、常にプレイヤーに対して開かれている。ゲームを開始した時点でたどり着けない場所は存在しない。秘密の鍵やボスを倒して初めて開かれるエリアなど存在しない。何なら最終的な目的地すらゲーム開始時点から辿り着くことも可能だ。

そしてフェアであると同時に厳しい作品だ。世界は常に開かれているが、闇雲に飛び回っても目的地どころか何をすればいいのかすら分からない。おまけに与えられるのは最初の装備のみ。宇宙船、宇宙服、センサー、翻訳機、それだけだ。これは最後まで変わることは無い。旅を飛躍的に快適にする超化学でチートなアイテムも存在しない、レベルを上げて物理で殴ることも出来ない。与えられるのは「情報」のみだ。おまけに本作はプレイヤーに優しくない。次にどこへ行くのか、何をすれば良いのか、手取り足取りのナビゲーションなど存在しない。全て自分で考えて行動しなければいけない。Nomaiの残した情報を頼りに探検を重ね、得られた「情報」を積み重ねて「知識」に変える。「情報」によって探索の範囲を少しずつ広げ、「知識」としてシナリオを練り上げる。自分の攻略順序はおそらく開発者の想定から大きく外れてはいないと思うが、これだけユーザーを突き放した作品ながら、それでもクリアまで行き着けたのはそのデザイン力が飛びぬけて高いからだろう。

白状するとプレイ当初の10時間弱、自分はこの作品がまったく面白くなかった。何が起きているか分からず、何をすれば良いか分からず、そしてその説明も全くない。とにかく手当たり次第に星々を訪れるものの、宇宙空間に放り出されたり、砂に押しつぶされたりで22分間生き残ることすらままならない。そしてそのたびにまた最初からの繰り返しだ。そんな苦心惨憺の果てに未到達な場所に辿り着いても得られるのは情報だけ。特にプレイ面で何か変わることは無い。

更に言えば本作は謎解き面でも操作面でも難易度は結構高い。謎解き部分については今振り返っても良くこんな仕掛けが分かったな、と思えるものも多々あったし、宇宙船の微妙な操作で失敗して振り出しに戻った回数は数えきれない(特に闇のイバラのアンコウ、コイツは絶対に許さない)。

いや、これは本当にしんどかった。およそ本作にはプレイヤーをモチベートするものが「情報」しか存在しないのだ。好奇心を武器に、情報を報酬に未知の宇宙への探索に挑む。失敗すればまた最初からやり直し。この連環にはほとほと精神を削られた。野暮を承知で言えば、ファストトラベルと時間速度の調整機能が欲しかった。この2つがあれば本作の快適度は10倍違っただろう。

それでもプレイを続けたのは本作がゲームというメディアに珍しい、本格的なハードSFであることに気づいたからだ。ならばループや超新星爆発についても論理的な説明がつくはずだ。その答えが知りたくて苦心のプレイを続けた。

面白くなってきたのは中盤以降。多くの情報を手にして、それを繋ぎ合わせた「知識」によって事象の背景が見えてきてからだ。そこから本作に没頭するまでは早かった。本作には「伝聞マップ」という情報の関係図が存在するが、そこにはこれまでに得られた情報が整理され、未発見の場所や施設、未探索箇所が整理されている。

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 これが良く出来ていて、とにかくこのマップを埋める作業に集中した。実はマップを全て埋めなくともクリアには支障が無いのだが、プレイを続けるうえではこの上ないモチベーションとなった。情報同士の関係が明らかになり、宇宙の謎が少しずつ解明されていく過程は実に刺激的だった。おかげで苦労の多い探検もなんとかやり遂げることが出来た。

しかし一応量子論については一般書レベルで嗜んだことがある自分でもこれなのだ。SF、ましてや量子論になど関心の無いプレイヤーにとってはかなりハードルが高いのではないだろうか。特に探検というプレイ面の大部分を占める作業に対するモチベートが薄いのが気になる。自分のように本作の面白さに辿り着くことなくその手を止めてしまったプレイヤーも結構多いのではないかと思う。

繰り返す22分間、宇宙探検の果て

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※この先は本作のネタバレを含みます。未プレイの方はご注意!

 

 

 

 

 

 

繰り返される22分間。疲弊しながらも辿り着いた最後の場所。クリアした今思うのはその甲斐はあったということだ。素晴らしい、というのは語弊があるかもしれない。それでも深い余韻に浸る心地よい感覚を味わうことが出来た。

 

繰り返される超新星爆発と22分間のループ。これらは全て嘗てNomaiが進めていた、ある計画によるものだった。ならば話は簡単、その計画を止めることで超新星も22分間のループも止めることが出来るはずだ。しかし最後のピースが埋まるとき、世界は残酷な真実を明らかにする。宇宙の謎である2つの要素のうち、超新星爆発はNomaiによるものではなかった。この太陽系のみならず、Heathianの住むこの宇宙そのものが既に死を迎えていたのだ。

プレイヤーにとって22分間の宇宙探検は偶然の産物にすぎなかった訳だ。しかしそこで探検は終わらない。この世界の終焉は最早変えることのできない事実だ。しかしまだ行くべき場所が残っている。この宇宙の量子的事象の中心だ。Nomaiが目指したその場所こそが、この宇宙探検の果てであり、最後の場所なのだから。

辿り着いたその場所で、プレイヤーは宇宙の終焉を目にする。目の前で一つずつ消えていく銀河。やがてその全てが消えた時、世界は暗闇に包まれる。

全てが終わってしまった宇宙でプレイヤーは何かを見つける。

焚火の跡。あの懐かしいキャンプファイヤーだ。

恐る恐る火をつける。するとどうだろう、周囲に森が現れた。聞こえてくるのは仲間たちの演奏する楽器の音。その音を頼りに一人、また一人仲間たちが炉端に集う。OuterWildsVenturesが最後の場所に集ったのだ。

そしてもう一人。この宇宙に残る最後のNomai、量子の月で出会ったSOLANUM、彼女も一緒だ。

全てが終わってしまった宇宙で炉端に集うOuterWildVentures、そしてもう一人。火を囲んで演奏するのはお馴染みのあの曲だ。私はそれを聞きながらマシュマロを焼く。これは私の幻想かもしれない。或いは量子的事象の中心で意識的観察者となった私が起こした現実の光景かもしれない。しかしそれは最早どうでもいい事だ。

いつまでもこうしていたいところだがそうもいかない。やがて演奏は終わり、演者達は口々に口にする。「新しいことを始める」と。

そして私は事象の中心へ飛び込む。無数の可能性を潰して、それ以上の何かを始めるために。それがこの物語の結末だ。

 

この先まで書いてしまうのは野暮というものだ。このあたりで止めておこう。

この宇宙に残された最後の場所、森とキャンプファイヤーを囲む仲間たち。静謐な空気の中で静かに響く音楽。苦難の旅はこのために有ったということだ。これ以上のものが必要だろうか。十分に報われた、深い余韻の中で本作を終えることになった。

 

ハードSFのみならず”終末もの”であったことが最後の最後で明かされる訳だが、その読後感は悲劇的ではない。どこか静謐と諦観、そして少しの希望が感じられる複雑なものだった。良い物語とは読後に深い余韻を残すものだが、これは正にそれだ。

 

『Outer Wilds』。

敷居は高く、人を選ぶ作品だ。

フェアだが厳しい作品だ。

それでも、

この物語の結末を貴方にも見届けてほしい。

 

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 (2020年11月18日追記)

『Outer Wilds』の紹介動画をYoutubeに投稿しました。

youtu.be

また、『Outer Wilds』の攻略Tips集も動画に纏めています。

Outer Wilds攻略Tips - YouTube

www.youtube.com

攻略動画はあくまでギミックの攻略に限定、ストーリーに関するネタバレはありません。

 

 

 

*1:いや、もしかするとHeathianやNomaiのサイズが超ミクロなのかもしれない。本作の宇宙における距離単位を考えると