メッセージ:SF的ガジェットに隠されたテーマ

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評価:2点(5点満点中)

総評

※文中に映画『メッセージ』のネタバレを含みます

 

ドュニ・ヴィルヌーヴ監督による2016年のアメリカ映画。SF界の最高峰であるネビュラ賞を受賞したテッド・チャンの小説『あなたの人生の物語』を原案としている。

世界各地に突如出現した宇宙船により混乱する地球。言語学者のルイーズと物理学者のイアンは調査の為に宇宙船へと赴き、エイリアンとの接触を開始する...と言うのが粗筋だ。

粗筋だけ見てしまうと、SFではもはやテンプレートの一つである”ファースト・コンタクト”を描いた作品である。この”ファースト・コンタクト”は正直なところ現在におけるSF映画の鬼門とも言うべき存在だ。何せ偉大な先達が多すぎる。自分の鑑賞範囲内でもこの分野でアーサー・C・クラーク幼年期の終わり』(1953年)の序章に優るものは無く、本作の”世界各地に突如出現した宇宙船”というイメージも、往年のSFTVドラマ『V』(1983年)を筆頭に繰り返し描かれてきたものだ。おまけにCGやSFXが格段に進歩した現在では宇宙船にせよ、エイリアンにせよ、ビジュアル的なイメージだけで客を引き付けることは難しい。いまさら宇宙船やエイリアンの造形を目当てに映画を見るというようなイノセントな客は存在しないだろう。

つまり題材として”ファースト・コンタクト”を選択した時点で、その作品は先行作品による陳腐化というハンデを背負って出発することを余儀なくされる訳だ。では本作はそのハンデを克服できたのだろうか?

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結果は残念でしたと言うより他はない。石のような見た目の宇宙船も、多足型のエイリアンも、今更映像化したところで取り立てて目を引くものではない。これはある意味当然のことだ。デザイナーや演出家の責任ではなく、この題材が持つ宿命のようなものだ。ならば本作は題材を選んだ時点で失敗作と呼ぶべきだろうか?

実のところ本作における”ファースト・コンタクト”は一種の舞台装置にすぎず、作品としてのテーマは別にある。先に書いてしまうとこの部分だ。

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主人公であるルイーズは、作品の冒頭から奇妙なビジョンに囚われている。いるはずのない娘との生活。そして別れだ。エイリアンとの接触を続け、時制を持たない彼らの言語を学ぶうちに、ルイーズ自身もエイリアンと同様の決定論的な時間認識を得るに至る。つまり過去/現在/未来を言語を通じで知覚することが可能となった。

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ここに至りルイーズは、囚われていたビジョンが自身の未来を示すものだと知る。将来確実に起こりうる最愛の存在との出会いと別れ。それを予め知っていたとしても、同じ道を選ぶのか?決定論的な世界における意志と選択の意味。これが本作の主軸となるテーマであり、ルイーズが結論に至るまでの過程こそが本作のシナリオと言うべきだろう。

ただ残念なことに、本作では娘であるハンナとの生活という”未来”の文脈は描かれているが、ルイーズ自身の個性や彼女自身のこれまでの道程という”過去”の文脈がほとんど描かれておらず、ルイーズの選択が持つ重みが今一つ伝わり切れていないように感じられた。自分はチャンの原作を読んでいないので、そのあたりがどのように書かれているかには興味がある。

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惜しい作品だとは思う。上の画像にあるルイーズのモノローグは物語の背景、テーマが詰まった素晴らしいものだし、演技、演出、音楽も高品質だ。しかし如何せんテーマに深遠なところがありおよそ大衆向きではない。それを感じさせないためにSF的な演出に頼り過ぎたところがあるだろう。ファースト・コンタクトに始まる地球の混乱と危機、その収束を描く作品を期待すると肩透かしを食らう。一方でその本質的なテーマを描くにはミクロな書き込みが足りなかったようにも思える。穿ち過ぎかもしれないが、作品のテーマを正しく描きたい制作側と、マス向けに訴求する要素を盛り込みたい配給会社との相克の結果がこの作品なのではないだろうか?ヴィルヌーブ監督の作品、特に次回作である『ブレードランナー2049』を観ていると、そう感じさせられる作品だった。
折角の機会なので、近いうちに『あなたの人生の物語』も読むことにしよう。

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