『Fallout:New Vegas』アポカリプス・ノスタルジア

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Fallout:New Vegas』をクリア。4つのエンディングのうち3つを達成で約60時間。サブクエストの達成率はおそらく4割程度なので、流石のボリュームだ。自分は本作を遊ぶ前に、既に『Fallout4』をプレイ済だったが、その比較を交えて感想を書いてみたい。

古さは否めないが、それでも十分に楽しめるプレイ感

「スッカスカやなっ!』。キャラメイクを完了し、オープニングムービーを終えて、最初にウェイストランドへ踏み出した時の感想だ。なんというか、空間の広さに比較して、建物や木々などの量が乏しく、非常に空虚に感じた。

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上が『FO:NV』。下が『FO4』

張られているテクスチャやオブジェクトの量も質も段違いだ。キャラメイクにしても雲泥の差と言って良い。

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上が『FO:NV』。下が『FO4』

プレイする際の操作性にしても、『4』に比べて本作はかなりもっさりしているし、ダッシュが出来ない等かなり劣っていることは否めない。本作のほうが前なのだから当然か。寧ろ5年程度でこれだけゲームと言うのは進化するのだな、と感心する。もともとグラフィックやモーションという要素は『Fallout』シリーズでは副次的なものなので、正直気になったのは最初の1時間程度だろう。

ゲームシステムについてはほとんど違いが無い。本作から『Fallout4』で加えられたシステム面での要素は拠点のクラフト・防衛程度ではないだろうか。そう思えるくらい違いを感じなかった。『Fallout4』をプレイ済なら違和感なく遊べるだろう。

そして肝心なことだが、やはり面白い。他の記事でも書いたように、自分にとってオープン・ワールドRPGの楽しみは、”世界を探索する楽しみ”だ。本作の舞台はネバダ州。一面の荒野に煌めく歓楽街が浮かぶ地、モハビ・ウェイストランドだ。

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本作の主人公はウェイストランドの運び屋。訳アリの依頼を受けた際に襲撃されて重傷を負う。回復した主人公は消えた荷物とその理由を探るためにウェイストランドを旅することになる。主人公にウェイストランド探索の理由を与え、複数の勢力との絡み合いながら進行するメインクエストの形式は『Fallout4』と同じ。その探索の途中で様々な地に立ち寄り、人々と交わる中でサブクエストが発生するのだが、探索がてらにサブクエを手掛けているといつまでたっても本筋が進まない。正直探索とサブクエだけでも十分に楽しいので困ってしまう。とりあえずクリアしないと感想を書く気になれないのでいったんクリアしたのだが、やはり本シリーズの楽しみは世界の探索そのものにあるな、と再認識した。

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『Fallout4』との比較。そしてシリーズの方向性

とはいえ『Fallout4』と比べ、本作が優れている点も存在する。1点目は各勢力とプレイヤーの関係性がより複雑な点だ。『4』でも各勢力との関係性により、友好的にも敵対的にもなる要素はあったが、本作ではもっと複雑だ。本作ではエンディングに関係する3勢力以外にも、様々な”派閥”が存在しており、それぞれの派閥が3勢力と独自の関係を持っている。そのためプレイヤーと各”派閥”との関係が、3勢力との関係にも影響を及ぼす。それだけでなく、各勢力、派閥は独自の装備が存在し、それを着用しているだけでも関係性に影響を与える。この複雑さは『4』以上の仕様だ。

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2点目は、エンディングの丁寧さだ。『4』の場合、エンディングは大きく分けて2つだったが、本作の場合4つの分岐が存在している。どの勢力に加担するかにより発生するクエストも変化する。特に加担する勢力により、同じクエストでイベントをを起こす側にも阻止する側にもなりうるなど、エンディングへ至る道程も凝っている。エンディングそのものについても、メインクエストでの選択で4つのエンディングに分かれるだけではなく、サブクエストの進捗状況により、細かく内容が変わるなど、『4』と比較してもその丁寧さが光る。

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思うに『Fallout4』は『Fallout:New Vegas』の非常にストレートなアップグレードだ。コンセプトもゲームシステムにも大きな変更は加えず、物理エンジンやクライアントの向上に合わせた品質の向上と、その時勢のトレンドを取り込むという、ある意味保守的な取り組みともいえる。それでも『Fallout4』が大成功を収めたのは、おそらく作り手・受け手双方が考える理想の品質に、ようやく到達した作品。それが『Fallout4』だったからなのだろう。一方でそれは品質面で多くのリソースを食われることを意味しており、『FO:NV』から後退したとも思える複雑性やエンディングの丁寧さは、それを取り込むだけのリソースが2015年時点でも足りなかったということなのかもしれない。

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ならばFalloutシリーズの今後の展望は如何なるものであろうか。グラフィックやモーションなど、環境面での劇的な向上は流石に難しいだろう。本作のように既に確立されたブランドをもつIPの場合、コンセプトやデザインの大幅な変更もリスクがある。一方で、『NV』から『4』で除外された、勢力関係やエンディングの複雑性が、リソース的な理由であるならば、この方面でのアップグレードが取りうる方向性の一つだろう。また、昨年オンライン専用の『Fallout76』が発売されている。その方向性を考えるとプレイ面ではやはりcoop要素の追加あたりが目玉となるのだろう。おそらく次回作はナンバリング・タイトルになると予想されるが、基本このあたりが着地点になるのではないかと考えている。それでは世界観やシナリオについてはどうだろうか。

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崩壊後の世界に感じるノスタルジー

今回『Fallout:New Vegas』をプレイして感じたのは、なんというか非常に西部劇的だという感覚だ。はっきり言ってしまうと”ローンレンジャー”だ。舞台はポスト・アポカリプスなのだが、そこで繰り広げられるドラマが非常に西部劇的なテンプレートに感じられるのだ。『Fallout4』は西部劇的と言うよりはさらに遡り、ミニッツメンなど独立戦争のモチーフが目立つ。これは本作がネバダ、『4』がボストンを舞台にしていることが理由だろう。ポスト・アポカリプスがコンセプトのシリーズながら、その世界観は新世界と言うよりはノスタルジーを感じさせる造りになっている。これはマッドマックス的な世界観とは異なる独自な路線と言えるだろう。同種のコンセプトにありがちな、崩壊後に全てご破算になった世界でもなく、緩やかに終末を迎えるでもなく、残された者たちが共同体を形成し、再び”開拓”の時代を迎えるあたり実にアメリカらしいと言える。国家としてのアメリカが滅びても、アメリカの精神は滅びず、継承されていく。ポスト・アポカリプスでもアメリカはアメリカなのだ!と、実は結構愛国的なシリーズなのかな、と思わないでもない。

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『Fallout3』はワシントン。本作はネバダ。『Fallout4』はボストン。いずれもアメリカにとって歴史的、文化的な文脈で重要な都市、地域が舞台になっている。となれば次回作も同様の基準で舞台が選ばれるだろう。

前3作に匹敵するほどに、アメリカ人のノスタルジーに訴求する舞台。そうなると次はやはり南北戦争をテーマに、リッチモンドニューオリンズあたりを舞台にした作品だろうか?南北戦争がテーマとなると相当な意気込みで仕上げてくるだろうと期待できる反面、昨今リー将軍銅像事件などで、政治的に騒がしい地域でもあるので難しいかもしれない。同様の基準で考えると、アメリカのハートランドである中西部プレーンズ地域というもの考えられるが、『Fallout in 大平原の小さな家』と言うのは様にならないことこの上ない。やはりここは南北戦争をテーマに南部地域、と予想しておく。南北戦争Falloutな大規模PvP。なんかちょっと見てみたい気がする。

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2020年には次回作の情報が出るだろうか?楽しみに待ちたい。

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