『Firewatch』 良質のドラマを嗜む

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『Firewatch』をクリア。所要時間は約4時間。

 

唐突だがあなたがゲームに求める物は何か?コンピューターゲームにおける”ゲーム”は一般的には”娯楽”を意味する。つまり”楽しむ”ことであり、EntertainmentでAmusementだ。FPSでもRPGでもSTGでもよい、多くのゲームはそもそも楽しむことが目的として内包されているメディアと考えてよいだろう。

何故そんなことを冒頭に書くのか?それは本作が”ゲーム”的な意味で楽しむことを目的とした作品ではないからだ。

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2016年に発売された本作は、ゲームのジャンルで言えば1人称視点の形式で展開されるADVだ。主人公のヘンリーは、森林火災監視員の仕事に応募し、夏の間ワイオミング州の監視員事務所で過ごすことになる。人生に疲れを感じた中年男が主人公である本作には心湧きたつような要素は存在しない。勧善懲悪もなく、異次元の恐怖もなく、奇跡や感涙を誘うような展開があるわけでもない。描かれるのはヘンリーの監視員としての日常と、同僚であるデリラとの無線を通した交流のみ。

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監視員としての日々を過ごすヘンリー。やがてその周囲に不穏な気配が漂い始める。事務所への侵入や、荒らされたキャンプ。不審な監視所、そして盗聴の気配。山火事の規模の広がりと歩を合わせるようにヘンリーとデリラを巡る状況も緊迫の度合いを増してゆく。やがて明らかになる真相と共に、拡大する山火事から非難するため、ヘンリーとデリラは監視員事務所を去り、物語は終幕する。

ミステリー的要素を含みつつも、本作のシナリオにおける主眼はヘンリーとデリラのコミュニケーションにある。認知症を患う妻の介護に疲弊し、逃げるように監視員の仕事に就いたヘンリー、過去の恋人との別れを未だに引きずるデリラ。お互いに孤独へ逃げ込んだ境遇にある2人が、作中で決して直接出会うことなく、無線を通じてコミュニケーションを深め、一つの事件を共有し、そして別れるまでを静かに描いたシナリオだ。

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まるで質の良い短編小説を読んだような感覚。本作をプレイした感想としてはそれに近い。人と人とのドラマを描く作品。自らの守備範囲で例えるならばシオドア・スタージョンポール・オースターの筆致に近いかもしれない。

つまり本作はそれらの作家と同様、”楽しむ”ことを目的とした作品ではないのだと思う。”娯楽”という言葉も今一つそぐわない。それは寧ろ”嗜む”ということが正しいのだろう。上質な音楽や料理を嗜むように、良質なドラマに感性を浸す。本作のプレイはゲームというメディアでそれを実現する一つの試みであると感じた。だからあなたがゲームに”楽しむ”ことを求めるのであれば本作は推奨しない。本作は”楽しむ”ではなく”嗜む”べき作品であるからだ。その”嗜み”に覚えがあるならば、本作はプレイするだけの価値があるだろう。

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本作はそのシナリオについて評価が高いだけでなく、様々な考察がネット上で展開されている。プレイ時間の短さや分かりやすい結論の無い展開が考察を盛り上げるのかもしれない。だが個人的に本作のシナリオに考察を巡らせるというのは野暮と言うものかもしれない。

ワイオミングでの夏が終わりを迎える。
この夏の出来事が2人の糧となるのか、傷となるのか、読者にそれを知る術はない。
一つだけ確実なのは、2人の人生がこれからも続いていくことだけ。

終焉も救済もなく物語は続いていく。

それで良いのではないだろうか?

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